■ 会社と社員の双方にメリットがある
2021年、新型コロナウイルスの影響で「大退職時代」が訪れると予測した、テキサスA&M大学ビジネススクールのアンソニー・クロッツ准教授は、「その後は元の会社に再就職する「ブーメラン社員」が増えるとも予測していました。
特に、米国では「ブーメラン社員」が増加しているようです。
一度離職して別の会社や環境で働いた結果、元の職場の魅力を再認識することや、新しい環境に適応できないと感じることもあるでしょう。
その際、職場の雰囲気や仕事内容がすでにわかっている以前の会社で働ければ、ビジネスパーソンにとって、精神的にも実務的にも大きなメリットがあります。
すでに在籍した人には経験があるため、会社が求める期待値とのズレも生じにくいと考えられます。
また、会社にとっても、元社員を再雇用することにはメリットがあります。
元社員のスキルと性格を把握しているため、迅速な適応が可能で、まさに「即戦力」となります。
新たな研修やトレーニングの必要が最小限に抑えられ、採用にかかるコストとリスクを軽減できるでしょう。
以前の会社を離れて別の会社で経験を積んだ場合、新たな知見をもたらす可能性も高いです。
人手不足によって採用が難しくなっている中で、「ブーメラン社員」を歓迎することは、会社にとっても合理的な選択といえるでしょう。
■ 企業の「アルムナイネットワーク」への取り組み
企業の姿勢も変化しつつあります。
かつて終身雇用が一般的だった時代には、一度退職すると「蚊帳の外」になりがちでしたが、退職者とのコミュニケーションを積極的に促進し、つながりを維持しようとする企業が増加しています。
SMBC日興証券は、2023年5月に「アルムナイネットワーク」を導入することを発表しました。
これは「アルムナイ(卒業生)」向けの交流プラットフォームで、ビジネスや経験者採用に関する情報を提供することで、元社員との交流を促進する仕組みです。
同様の取り組みは、三菱UFJ銀行、ニトリホールディングス、KDDIなどの大手企業でも行われています。
コンサルティング大手のKPMGコンサルティングは、2021年9月にアルムナイのコミュニティを立ち上げ、既に約30人を再雇用しており、再雇用のペースはアルムナイコミュニティ立ち上げ前の倍に増加しているようです。
さらに、退職者向けの再雇用を制度化している企業もあります。
江崎グリコは、特定の条件(「勤続年数3年以上」「自己都合で退職した人」)に合致する人々を対象にしたカムバック採用制度を、10年以上前から実施しています。
■ ブーメラン社員の増加:コロナ禍以前からのトレンド
エン・ジャパンの「企業の出戻り(再雇用)実態調査2018」によると、企業の72%が「一度退職した社員を再雇用したことがある」と回答しています。
この数字は、2016年の調査と比べて5ポイント増加しています。
その理由として、「即戦力を求めていたから」(72%)、「人物像が既知であるため安心感があるから」(68%)などが挙げられています。
社員の反応については、83%が肯定的で、「とても良い」(19%)または「まあまあ良い」(64%)と回答しました。
ただし、ネガティブな反応(「あまり良くない」または「とても悪い」)も9%あることが示唆されています。
しかし、新型コロナウイルスの流行に伴い、労働観念が変化し、退職者が増加したり、各業界で人手不足が深刻化したりするなど、ブーメラン社員の増加傾向が続いているようです。
■ ブーメラン社員になるための5つの条件
ただし、誰もがブーメラン社員として元の会社に戻れるわけではありません。
キャリアコーチのマーロ・ライオンズ氏によれば、次の5つの条件が挙げられます:
「友好的に退社する」
「継続的に連絡を取り続ける」
「会社の動向を注視する」
「スキル・能力を向上させる」
「なぜ退職したのか、なぜ戻りたいのかを考える」
これらの条件を満たすだけでなく、元の職場で「必要な人材」と見なされることも大切です。
離職時から復帰を検討するまでに、企業や業界の状況が変化している可能性があるため、新たなスキルを習得するためのリスキリングや外部経験が必要な場合も考慮すべきでしょう。
■ 待遇アップも珍しくない
さらに、カナダのソフトウェア会社Visierは、世界中の129社で300万件の従業員データを分析し、2019年1月から2022年4月までの新入社員の約3分の1が、平均で13ヵ月後に退職前の会社に戻ってきたブーメラン社員であるという調査結果を発表しました。
さらに、ブーメラン社員の給与は退職前から平均して25%アップし、管理職に再雇用された人の40%は非管理職からの復帰でした。
ブーメラン社員は、元の雇用主と再交渉する際に有利な立場にあるとも指摘されています。
日本では、かつて定年退職以外の退職者に対するネガティブなイメージがありましたが、最近ではアルムナイの存在や退職・転職に対する見方が変わっています。
否定的な意見が完全になくなったわけではありませんが、人材の確保が難しくなる状況下で、ブーメラン社員やアルムナイの存在が一層普及していく可能性は高いでしょう。